広島カープと私(2) (弁護士 兒 玉 修 一)

以前、「広島カープと私」の「(1)」をブログの原稿としてアップしましたが、その後も「苦境」は続いており、今年も厳しい毎日が続きそうです。ちょっと辛いですね。
 というわけで、なかなか続報をアップすることができなかったのですが、最近、木村元彦「労組日本プロ野球選手会を作った男たち」(集英社インターナショナル)を読みましたので、その感想を紹介し「(2)」とさせていただきたいと思います。なお、前回の労働法ゼミの話の続編も兼ねています。

 ところで、この本は、それまで社団法人として存在した日本プロ野球選手会が、労働組合としても設立されるまでの経過について、初代会長の中畑清から始まり、岡田彰布、田尾安志、古田敦也、宮本慎也、新井貴浩、会澤 翼ら歴代会長のインタビューをもとに記録されたものです。
 ここで、そもそも「プロ野球選手って労働者なの?」という素朴な疑問が生じますが、プロ野球選手に限らずプロの楽団員等、専門的・裁量的な業務に従事しているからといって労働組合法上の労働者性が否定されるわけではないことは確立した考え方となっています(最判昭和51年5月6日民集30巻4号437頁「CBC管弦楽団事件最高裁判決」)。一方で、例えば、コンビニエンスストアの店主やファストフード等の配送業務を請け負う配達員が労働者にあたるのかが議論されており、労働法上のホットな論点の1つとなっています。

 さて、肝心な本の内容ですが、オリックス球団と近鉄球団の合併による1リーグ構想をめぐる騒動をはじめ、この40年あまりの間に生じた出来事を題材に、これを選手の側から描かれています。私もそうですが、ファンというのは、各球団を長年にわたり応援することが多く、物事を、どうしても球団の側から見てしまいがちです。典型的なのがFA権を巡る議論であり、入団した時から応援してきた選手を「奪われる」だけカープファンの立場からすれば、マイナスにしか感じられません。
 しかし、選手の側から見てみると、少し景色が変わってきます。一見華やかなプロ野球選手ですが、1人の人間として考えた時、果たして、その権利はきちんと保障されているのか、気になるところです。某オーナーによる「たかが選手が」といったひどい発言もありました。

 私が興味深かったのは、初代会長に就任した中畑清についての部分です。中畑清は巨人の選手であり、彼が労働組合設立に向け走り回っていた頃、私は「なにがゼッコーチョーや。こいつは~」とか思っていました(まだ、子どもでしたので、すいません)。しかし、当時、広島市民球場での試合の後、市内の繁華街で、山本浩二と労働組合設立に向けた「密談」を交わしていたなど全く知りませんでした。その他、ヤクルトの選手が労働組合を離れていた一時期、一塁手の中畑清が、出塁してきた選手に対し、労働組合への復帰を説得していたという話は、冗談かもしれませんが、面白いエピソードです。
 いずれにせよ、彼の労働組合設立に向けた情熱がなければ、今のようにセパ12球団が揃い、さらに年に1回交流戦があるような形はなく、ヘタをすれば、カープも消滅していたかもしれません。感謝です。
  
 労働関係の相談を受けることがありますが、労働法で解決できる問題のほかに、労働法での解決は難しいけれども、むしろ労働組合による団体交渉であれば解決ができるのではないかと思われる問題があります。しかし、今、なかなか労働組合の存在にスポットがあたらず、職場での問題に直面した当事者が「労働組合に相談してみる」という発想に至らないのが残念です。ただ、そうもいってはおれないので、当面、「弁護士ができること」と「労働組合ができること」を意識しながら、日々の相談に応じています。

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